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高松高等裁判所 昭和55年(行ス)1号 決定

抗告人

高松第一漁業協同組合

外一五名

代理人

大西美中

外三名

相手方

森政徳

外二名

代理人

佐々木斉

外二名

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

(抗告の趣旨及び理由並びに相手方らの意見)

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書及び補充申立書に各記載のとおりであり、これに対する相手方らの意見は別紙意見書に記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

一本案訴訟の概要等について

一件記録によると、次の事実が認められる。

前掲損害賠償請求事件は、香川県の坂出市が、同市林田、阿河浜地区の坂出港港湾整備事業計画に必要な土地を確保するため、右林田、阿河浜両地先公有水面の埋立を企図し、これに伴い、右地域に漁業権を有する抗告人ら一六漁業協同組合及び塩飽漁業協同組合連合会(以下抗告人らを含め一七漁協という。)に対し、漁業権消滅等の補償金四七億七〇〇〇万円、会議費四五〇〇万円及び利子補給金三八〇〇万円の総額四八億五三〇〇万円のいわゆる漁業補償を支払つたことについて、同市の住民である相手方らが原告となり、正当に支払うべき右漁業補償額は漁業権消滅補償金二五〇〇万円及び底びき漁業に対する影響補償金一二〇万円の合計二六二〇万円にすぎないから、前記支出総額から右金額を控除した四八億二六八〇万円は坂出市長、同市収入役及び一七漁協の共謀による違法な公金支出であるとして、地方自治法二四二条の二の一項四号に基づき、坂出市に代位し、坂出市長、同市収入役たる各個人及び一七漁協を被告として、被告らに対し、連帯して不法行為による損害賠償金として坂出市に右金員の支払を請求するものである。そして、右訴訟において、相手方らは、一七漁協に別紙文書提出命令申立書記載の各文書につき、民事訴訟法三一二条三号後段により文書提出義務があるとして提出命令を申立てた。原審は、抗告人らの所持する別紙目録記載の各文書(以下本件文書という。)は民事訴訟法三一二条三号後段にいう挙証者たる相手方らと文書所持者である抗告人らとの間の法律関係につき作成された文書に該当するとして、抗告人らに本件文書の提出を命じ、塩飽漁業協同組合連合会に対する文書提出命令の申立及び抗告人らに対する本件文書以外の文書提出命令の申立についてはいずれもその所持が認められないとして申立を却下した。

二本件各抗告の適否について

相手方らは、文書提出の申立に関する決定に対して民事訴訟法三一五条により即時抗告権が認められるのは、文書の提出を命じられた第三者に限られるのであつて、本件のように訴訟の当事者である被告ら(抗告人ら)に対して文書の提出命令がなされた場合には抗告人らの抗告の申立権がない旨主張する。

しかしながら、民事訴訟法三一五条は「文書提出の申立に関する決定に対しては即時抗告をなすことを得」と規定しているのであり、この規定は受訴裁判所が口頭弁論を経て証拠の採否の決定をした場合には原則としてその決定に対し独立して抗告の申立が許されない(民事訴訟法四一〇条、三六二条)ことに対する特則規定であつて、文書の提出を命じられた者が訴訟の当事者である場合と第三者である場合とによつてなんら区別を設けていないのみならず、これを区別すべき実質的理由は見当らないから、文書の提出を命じられた訴訟の当事者もその決定に対し即時抗告の申立権があると解するのが相当である。所論引用の裁判例には賛同できない。従つて、訴訟の被告である抗告人らの本件抗告の申立はいずれも適法である。

三抗告の理由第二について

抗告人らの主張は、要するに、代位訴訟である住民訴訟において、判決の効力が被代位者である地方公共団体に及ぶとしても、住民が地方公共団体に代位して訴訟行為を行なうのは、地方公共団体と同一人格又は代理人としての資格においてではなく、地方公共団体の意思・行動とは無関係に住民としての固有の資格において訴訟を追行する特殊な訴訟であるから、民事訴訟法三一二条三号後段にいう挙証者に被代位者は含まれないというにある。

ところで、民事訴訟法三一二条三号後段の挙証者と文書所持者との法律関係につき作成された文書とは、挙証者と文書所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書のほか、その法律関係の成立形成に密接な関連のある事項を記載した文書を包含するものである。そして、右にいう挙証者とは、本来は右法律関係における当事者の一方を指すものではあるが、本件訴訟は前記のように損害の補填を要求する住民訴訟である。損害の補填を要求する住民訴訟は、これを実質的にみれば、なるほど所論のように、住民たる原告が、権利の帰属主体である地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的となつているのであるが、しかし、他方、右目的を実現するための訴訟形態は、住民が、地方公共団体に代位し、被代位者である地方公共団体の有する損害賠償請求権を代つて行使するという代位訴訟の形式を採用し、しかも、その判決の効力は被代位者である地方公共団体に直接及ぶものとしているのである。このような住民訴訟の特質、訴訟手続及び判決の効力等にかんがみれば、民事訴訟法三一二条三号後段にいう挙証者には、訴訟の原告となつている代位者だけではなく、その挙証によつて直接利益を受ける被代位者も含むと解するのが相当である。これを本件訴訟についてみれば、相手方ら住民が、坂出市に代位し、被代位者である同市の抗告人らに対して有する損害賠償請求権を同市に代つて追行しているのである。そして、一件記録によると、本件文書は、いずれも、坂出市と抗告人らとの間の前記損失補償契約における契約の成立及びその内容並びにこれと密接な関連を有する事項を記載した文書であることが明らかである。

そうとすると、本件文書は、いずれも、被代位者である坂出市と抗告人らとの間の前記法律関係につき作成されたものであるから、民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当するというべきである。この点についての抗告人らの所論は採用できない。

四抗告の理由第一、第三及び補充申立書について

抗告人らは、るる主張するが、要するに、相手方らは坂出市長と一七漁協との間の各損失補償契約についての契約内容、金額等を主張しておらず、かつ、民事訴訟法三一三条四号にいう「証すべき事実」についての具体的な事実の記載をしていないのであり、このような訴訟進行の現段階において、本件文書の提出を命じた原決定は、抗告人らから先ず文書を提出させたうえで相手方らに右の主張をさせようとするもので、まさに捜索調査の目的をもつてなされたものであつて、同法三一三条四号の濫用にあたる違法なものであるというにある。

なるほど、前記訴訟において、原告たる相手方らが、坂出市長と被告たる一七漁協との間の各損失補償契約につき、各漁協ごとの損失補償の契約内容、金額、支出額及びその算出根拠等の明細について何ら具体的な主張をしていないことは所論のとおりである。

しかしながら、相手方らは、右訴訟において、前記のように、坂出市が一七漁協に支出した損失補償の総額を主張し、そのうち二六二〇万円を超える金額については前記被告らの共謀による違法な公金の支出であり、同市に同額の損害を被らせた旨共同不法行為の成立要件を具備する主張をしているのである。また、相手方らは、文書提出命令の申立において、別紙文書提出命令申立書記載のとおり、民事訴訟法三一三条四号の「証すべき事実」として「坂出市長と被告各漁協間の損失補償契約の内容、経過」と記載しているのであり、右にいう「証すべき事実」とは、同法二五八条の「証すべき事実」と同意義であつて、いわゆる立証趣旨ないし立証事項にあたるもので、具体的事実を指すものであるところ、相手方らは、前記のように本件文書により坂出市長と被告各漁協との間の損失補償契約の内容及びその経過を立証するというのであるから、「証すべき事実」として具体的な事実の記載に欠けるところはないというべきである、問題は、前記のように「証すべき事実」の前提をなすところの坂出市長と被告各漁協との間の損失補償に関する契約内容、金額等が具体的に主張されていないという点にある。しかし、一件記録によると、相手方らは本件文書を所持していないばかりでなく、これを見たこともないというのである(抗告人らは、相手方らが訴訟外において本件文書の内容を知りうる旨主張するが、果していかなる方法で知りうるかについて具体的な主張がない。)。ところで、本件訴訟のような住民訴訟において、原告たる住民が、訴を提起し、これを追行するためには、少なくとも一定の条件のもとで被代位者たる地方公共団体の所持する文書の閲覧又は引き渡しを求めうるような新たな立法的措置が必要であると考えられるのに、なんらその法的措置がとられていないこと並びに前記住民訴訟の特質などをも併せ考えると、本件文書の所持者であり、訴訟の被告である抗告人らに対し文書の提出を命じ、訴訟の円滑な進行をはかることはやむを得ないことといわざるを得ず、その他一件記録に現われた諸般の事情にかんがみれば、これをもつて民事訴訟法三一三条四号の濫用にあたると断ずることはできない。右の点についての所論もまた採用できない。

五補充申立書について

抗告人らは、本件文書提出命令の申立はその必要性がない旨主張するが、文書提出命令の必要性についての判断は原審の専権に属するところであつて、抗告審の審判の対象とならないから、その点については判断しない。

その他一件記録を精査するも原決定を違法とすべき事由は存しない。

六以上説示のとおりであつて本件各抗告はいずれも理由がないからこれを棄却し、民事訴訟法四一四条、三八四条を適用して、主文のとおり決定する。

(越智傳 山口茂一 川波利明)

別紙目録

一 相手方高松第一漁業協同組合、同高松市西浜漁業協同組合、同高松相互漁業協同組合、同香西漁業協同組合、同小手島漁業協同組合、同佐柳漁業協同組合、同多度津町高見漁業協同組合、同広島漁業協同組合、同本島漁業協同組合、同丸亀市漁業協同組合、同坂出市漁業協同組合及び同高松漁業協同組合が所持する左記文書

坂出市長と右各漁協との間で締結された坂出港東部開発に伴う損失補償に関する契約書

二 相手方宇多津漁業協同組合、同与島漁業協同組合及び同松山漁業協同組合が所持する左記文書

坂出市長と右各漁協との間で締結された右損失補償に関する契約書及び覚書

三 相手方王越漁業協同組合が所持する左記文書

坂出市長と右漁協との間で締結された右損失補償に関する契約書及び確認書

別紙  即時抗告申立書

抗告の趣旨

一 原決定主文一項中抗告人らに対し、文書の提出を命じた部分を取消す。

二 相手方らの本件文書提出命令の申立を却下する。

との裁判を求める。

抗告の理由

第一 原決定は、次の理由により違法、かつ、不当であるから、取消されるべきである。

原決定は、抗告人が「右漁業協同組合(以下漁協と略称する)への補償金支出額及びその算出根拠等について、これを明らかにする義務はない旨主張し一切これを明らかにしないでいる」として、恰も抗告人にまずこれらを明らかにする義務があることを判断の前提として原裁判所が本件提出命令の審議をしたかのような説示をしている。

しかしながら、本案の高松地方裁判所昭和五二年(行ウ)第四号損害賠償請求訴訟は、いわゆる住民訴訟とはいえ、被告たる抗告人らは個人の資格において訴えられ原告たる相手方らと対等の立場に立つて訴訟を進行しているもので、一般の損害賠償請求訴訟と何ら異なるものではない。かかる損害賠償請求一般において、原告の請求原因として主張すべき事項に先行して被告が受領した金額、その計算の基礎まで自ら進んで主張する責任があるのであろうか。これを平易に述べるならば原告が、被告はいくら受領しているか判らないがその内にはいくらか違法な部分があるのであるから先づ被告から受取つた金額、その計算の基礎を主張し明瞭にせよというに等しく、主張責任の分配を誤つているものであつて抗告人らは到底納得することはできない。

かかる現在の訴訟進行段階において、相手方らは、抗告人らに対し漠然と契約の内容、経過を立証するとして本件文書の提出を求めて来たところ、これに対し原決定もまた、「契約の具体的成立経過及び内容は本件提出を命ずる文書によつてはじめて明らかにさるべき事実である」から、具体的主張は被告より文書を提出せしめて後主張することを許す方針に出られている。右の契約の内容、経過という表現は、いかに読んでも証拠をもつて証すべき具体的な事実の指摘即ち主張とは解せられない。このように原決定は証拠によつて立証すべき具体的な主張がなされていない段階で証拠を相手から提出させ、それに基づいて主張をさせようとする点で正に捜索調査の目的に出た文書提出の申立及び決定であつて民訴第三一三条四号の濫用であり法の趣旨を誤つた違法なものである。

第二 相手方らは民訴法三一二条三号の挙証者に該当しない。代位者は被代位者と同一人格又はその代理人としてではなく、自己固有の資格において訴訟手続を行うものである。地方自治法二四二条の二による住民訴訟は、普通地方公共団体を代位して住民が請求権を有し、又判決の効力は行政事件訴訟法四三条により、公共団体を拘束するが、その請求権を行使する個々の訴訟行為を行う資格は地方公共団体と同一人格又はその代理人としての資格ではなく、地方公共団体の意思、行動とは無関係に固有の訴訟当事者の資格をもつて民事訴訟法に基づき訴訟行為を行なうものであつて決して同一又は代理の観念を容れるべきではない、代位とは個々の訴訟手続において被代位者と同一の資格を付与されるものではないのである。而して、当事者主義の民事訴訟法は当事者双方の公平で普遍的な争の方法を律した法則であるから、手続に関する法規がないからといつて徒らに拡張解釈を加え、当事者一方のため有利な方法を講ずることは許されぬと信ずる。民事訴訟法三一二条三号の挙証者に訴訟の当事者となつていない被代位者が当然含まれるとの見解に立つ相手方らの主張は、住民訴訟の故をもつて一般の代位訴訟(例えば登記請求権等の代位訴訟)と異なる取扱を求めるものであつて不適当である。

第三 民訴法三一三条四号の不備

相手方らは、本件申立において「立証すべき事実」として「坂出市長と被告漁協間の損害補償契約の内容、経過」と記載しているのみであつて契約の内容がこうであることを立証するとか、どういう経過を立証するとかという具体的な事実の記載はないのみならず、従前原告らの主張中にも個々の契約の具体的内容、経過に関する主張は一切ないのであつて、(抽象的契約の存在は当事者間に争いない)単に、かかる補償契約が違法であるという主張に尽きる。原告は、先づ被告らより提出せよ。それから、それに基づいて具体的に違法事実を主張するとの立場をとつている。これは民事訴訟法第三一三条の申立の要件を無視し、その立法趣旨にもとる逆の立場であつて、主張のない事項につき提出命令を求めるものである。先づ契約及び経過についての夫々の具体的主張事実があり、被告がそれを争う事項について、これを立証すべき事実として申立をなすべきである。このことは民事訴訟法第三一六条の不利益を受ける事項との対比においても明瞭である。すなわち証すべき事実とは具体的な事実を指し、右事実に基いて判断されるべき訴訟の主命題(公表しないことが違法であるとか、必要のない支出であるとか)を指すものではなく、この意味での具体的な事実を示さない本件文書提出命令の申立は、要件不備であるから不適当である。(東京高裁昭和四七年五年二二日決定)

よつて、本件文書提出命令の申立は却下せらるべきものである。

別紙  補充申立書

一 本件抗告を審理されるに際し、左記事項を是非参考に供せられたい。

1 本件訴訟の請求原因の骨子は、被告らが共謀して多額な違法不当な漁業補償を坂出市より支出せしめ坂出市に損害をこうむらしめたということであり、且つ、この支出の財源は住民の税金によつて賄なわれたものとしている(原告の準備書面、抗告人の意見書参照)。

2 ところが、現在坂出市は、いまだ右にいう坂出市のこうむつた損害は発生していないし、また、この支出の財源は住民の納付する税金(地方税、市税)を充てていない。

3 すなわち、本件漁業補償費を投資して行わんとする事業は、「林田、阿河浜地区土地造成事業」と称する特別事業であつて、その財源は市税を充てるものでなく、起債による特別会計をもつて収支を賄う仕組である。

4 詳述すれば、坂出市は古くは塩業の町としてまた港湾の町として発展し番の州臨海工業用地造成などと相まつて市勢の発展が図られ、瀬戸大橋の時代を迎えて更にこれが受入れ態制の確立が市政の直面する最大の課題となつたその対策として塩田跡地の再開発と港湾とが有機的に連繋した都市づくり、工業用地などが緊急の市の事業となつたのである。この課題に対応するため塩田跡地約四六三、〇〇〇平方米、林田地区公有水面埋立約二一〇、〇〇〇平方米、阿河浜地区公有水面埋立約八〇、〇〇〇平方米合計約七五三、〇〇〇平方米臨海工業用地を、漁業補償の妥結をみて昭和五一年度から昭和五五年度までの五ケ年計画をもつて、総事業費約一〇〇億円で目下施行中である。この用地の利用目的は埠頭用地、緑地、道路、護岸敷などの公共用地約一二一、七〇〇平方米工業用地等に約六三一、三〇〇平方米(うち市有地となる部分約四一七、二〇〇平方米)である、そして右工事は昭和五一年度に着工し完成は昭和五五年末の予定である。

5 一方この事業の性格上、一般会計でなく、特別会計を組み、且つ、その財源は地方自治法二三〇条、地方財政法五条及び施行令一二条七号の規定に基づく起債(市債の許可を得て毎年度毎に政府債、縁故債)によつて本事業費全額賄い、一般地方税(市税)は用いていない。支出面の財源は右のとおりであつて造成された市有地を誘地企業等に売却処分して得たる代価を収入とし、事業の収支のバランスをはかることとしている。而して、坂出市は公共団体であり営利法人でないのであるからこの事業で直接に投資を上廻つた利益を挙げる目的はなく、特別会計上収支バランスを失し欠損を生じないように土地を造成し、その用途にそつて売却することが第一目的であり、その売却地に立地した企業の操業等により市税収入、住民の雇用拡大、市民の生活の向上など該事業によつてもたらされる住民福祉を期待しているのである。

6 従つてこの特別会計上欠損が生じた暁にはその欠損こそ、或は坂出市がこうむつた損害としてその支出の当否が論ぜられようが、バランスを失せず欠損がなかつた場合、それでも市に対する損害賠償の問題(額についても)が生ずるのであろうか。

なるほど、事業費たる投資額について多寡の論はすべての場合にある、もとより少額の投資によつて事業が遂行できればこれに越したことはないが、投資額を制限するために事業自体が遂行できない場合があるのであつて、本件特別事業は土地処分の面では法令に基づく土地価格の制限も考慮の上収支のバランスを予定して立案し、被告番正等が独断したものでなく市議会の議決を受けているものであつて、本件漁業補償が右にいう事業費、投資に当ることは言うまでもないが、本事業実施上不可欠であり漁業権者の同意が左右するものであつて、この金額を制限する法令は存在しない(所謂閣議決定は法令ではない。)から、直ちに法令違反の違法支出なりや否やを論ずることはできないものである。また裁量権の逸脱なりや否やを論ずるためには、前記特別事業の必要性、その事業による損失の有無等の論議を尽さなければ、容易に決すべきものではないと確信する。

7 本特別事業は目下土地造成も順調に進歩し、反面造成地の処分状況をみるに、売却すべき市有地のうち道路等の公共用地を除く、いわゆる売却予定面積約四一七、二〇〇平方米のうち既に売却済みの土地約一一二、八六二平方米、更に本年三月定例市議会に提案又は提案が予定されている土地約二八、一〇〇平方米合計一四〇、九六二平方米(面積比三三、八パーセント)で、売却済と右の売却予定地の売却代金は総額四〇億円余となつており、その他土地譲渡の申込が相当あつて、収支の見透は十分についているものである。

かくの如く本特別事業は現段階において順当に推移しつつあつて損失を及ぼす予測もなく、もとより坂出市がこうむつた損害(地方自治法第二四二条)のあるべき筈もない、職員の裁量権逸脱による損害賠償を現段階において、これを論じ直ちに賠償を命ずることができる筋合のものであろうか。

二 本件訴訟は、前記のような特別事業進行中であつてその収支の結果がまだ判明せず欠損もでていないのに漁業補償による損害が生じたとしてその賠償をこれとは別個に論ずるという意味において、甚だ稀有なものである。

抗告人らは、共同不法行為者として訴えられているが、共同不法行為の態様について釈明を求めているのにいまだにこれに関する主張もない。また、他の被告とともに前記の損害発生責任論の前提となる本件特別事業の損失の有無、裁量権の当不当等の関連性を論ずるいとまなく、本件文書提出命令に接した。

果して相手方らの本訴における現在までの主張をもつて、本件のような特異な損害賠償の請求原因として十分なものとした上、立証過程に入つているのであろうか、もし不十分であるとするならば、今しばらく被告らのいう抗弁に耳を傾けられてから主張を整理し立証に入るべきである。従つて、本件提出命令申立は抗告人らが抗告理由中にも記載した如く相手方らにおいて、訴訟外でその主張資料を収集整理できる事案であるのに、安易にこれを口頭弁論の場に求める申立で、まさに捜索、調査の目的に出たものであるから、民訴法三一三条四号の本来の厳格性に照らし失当のものであるが、仮にそうでなくとも本件弁論の現段階においては、いまだその必要性が熟していない申立であるから却下さるべきものである。

別紙  意見書

第一 抗告人らは即時抗告権を有しない。

一 本件即時抗告は、抗告人らが所持する本件文書(漁業保証契約書等)について、その提出を命ずる旨の決定が為されたことに対し、申立をしているものである。然し、文書提出命令申立に関する決定に対し即時抗告が認められる(民事訴訟法第三一五条)のは、文書の提出を命じられた第三者に限られるのであり、本件の如く申立を認容された相手方である抗告人らにまで即時抗告が許されるものではない。

二 右の如く解すべき理由は、文書提出命令の申立を却下された申立人らが即時抗告を為した事案に対する東京高等裁判所昭和三八年三月五日決定(下民集一四巻三号三五九頁)が明らかにしているところである。

即ち、右決定いわく「口頭弁論を経て、訴訟手続に関する申立を却下した決定に対しては独立して抗告をなすことが許されないものであることは、民事訴訟法第四百十条、第三百六十二条の反面解釈上明らかである。裁判所は当事者の申出た証拠については、その取調の限度を定める裁量権を有するのであつて、このことは書証の申出についても変りがなく、しかも証拠の申出を却下した決定に対し、独立して抗告の申立をすることの許されないことについてはなんの異論も見ない。

民事訴訟法第三百十五条は「文書提出命令の申立に関する決定に対しては即時抗告をなすことを得」と規定し、申立を却下した決定に対しても即時抗告ができるように読めるようであるが、文書提出命令の申立は書証の取調申立の方法としてなされるものであるから、特にこの場合にかぎつて申立却下の決定に対し、その申立をなした当事者に対し独立して抗告を認める合理的な理由を見出すことができない。むしろ同条は文書の提出を命じられた第三者は、右命令に従わないときは、制裁を受ける等の不利益があり、しかも外に不服の方法が認められていないから、右の第三者に対して特に即時抗告を認めた規定であると解するのを相当とする。」と。

三 右の理はまさに正当であつて書証の取調申出の一方法としてなされた文書提出命令の申立に対し、それが如何なる理由であれ却下されたりあるいは認容されたことにつき独目に不服申立が許されるべきでないことは他の一般の証拠採否の決定と何ら異なるところがないのである。

第二 抗告人らの主張は理由がない。

本件文書の提出を認めた根拠は、民訴法第三一二条三号の「挙証者」とは、住民訴訟における被代位者を含むと解すべきものとしたものであつて、至極当然の事理である。

実質的にみても、抗告人と坂出市間に締結された契約文書を、当該契約にかかわる損害賠償請求訴訟においてその提出を義務づけることは、訴訟を公正たらしめ、不当なかけ引きを防止するために正当なものといわざるを得ない。

右の次第であるから、抗告人らの主張は何らの理由もないものである。

別紙  文書提出命令申立書

一 提出命令を求める文書の所持者

香川県高松市瀬戸内町九番一七号

被告 高松第一漁業協同組合

右代表者 中谷春太郎

外一六名

二 文書の表示

右被告各漁協と坂出市長との間で締結された坂出港東部開発に伴う損失補償に関する契約書、覚書及び確認書

三 立証すべき事実

坂出市長と被告各漁協間の損失補償契約の内容、経過

四 文書の趣旨

文書の表示自体から明らかである。

五 文書提出義務の原因

民事訴訟法第三一二条第三号

本件各文書は、坂出市と被告各漁協との間の法律関係について作成されたものであり、原告らは、右坂出市に代位して住民訴訟を提起しているものであるから、民事訴訟法第三一二条第三号に該当する。

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